2012.05.20 Sunday
五輪にまつわる思い出。
オリンピックにまつわる思い出ある?
一番記憶にある思い出深いオリンピックは、何といっても長野オリンピック!
1998年くらいでしたっけ?ちょいと曖昧ですが……
これは、わたしが初めてオリンピックというものの存在を認識した瞬間でもあります。
そのためかなり思い入れがあります。
当時小学生低学年だったわたしはオリンピックというイベントをちゃんと見る初めての機会でした。勿論テレビ越しで、ですが。
日本の選手と他国の選手が、とってもたくさんの選手たちが様々な競技種目で戦っている。
とても印象深くわたしの記憶に残りました。
幼いころから何かに熱中したとしてもすぐに冷めることが多く、言われるがままに長続きはするんだけれども心が付いてこない子どもでした。
そんなわたしに感動という強烈なスパイスを与えてくれた、それが長野オリンピックです。
しかも、ご存知の通りこの長野オリンピックには、日本人にとって忘れられない競技種目があります。
スキージャンプ。
この競技は本当に多くの人の心を打った事だろうと思います。
当時そういった感性をほとんど持っていなかったわたしでさえ感動したのですから。
特に、長野オリンピック・スキージャンプ団体戦での優勝。
今でもたまに思い出す、またとない名勝負でした。
長野オリンピックの前のオリンピックでも良いところまでつけていた日本勢でしたが、その時結果的に足を引っ張ってしまった原田雅彦さんの長野五輪でのリベンジに感動しました。
団体戦は1チーム4人で、一人二回飛び、その飛距離を得点化した上で合計得点を競うもの。
結果として団体戦で優勝したものの、長野でもその前のオリンピックでも原田さんが試合の鍵でした。
とても優秀で記録も残している原田さんですが、プレッシャーで記録の落差が激しい彼は多くの嫌がらせ(電話など)にもあったそうです。
念願の優勝を目前にした長野五輪でも、危うく一本目でかなり足を引っ張っておられました。記憶が曖昧で飛距離まで思い出せないのですが、上位チームでは誰も(悪い意味で)飛べないほど低記録でした。80mなかったんじゃないかな…?
小3のわたしも「あー!」という感じでした。どちらかというと、原田さんに対する失望というよりは、また彼が叩かれてしまう!可哀想だ!という同情の念が強かったですが。
アナウンサーの方も「またか!またなのか!原田ー!」という叫びを上げていました。(こういうアナウンスを聞く度に思うのですが、たくさんの努力をされてこられた選手の方に対して本当に失礼ですよね…仕方ないのでしょうけれど)
その時のプレッシャーは飛ぶ前よりも凄まじかったことだろうと思います。
でもその彼が二本目で驚異の記録を叩き出してくれました。確か日本チームの内のもう一人もそのときの原田さんと同じ距離を飛んでおられたのですが、それは長野五輪の同競技において最高の記録だったと記憶しています。
お二方とも本当に凄いです。
日本チームの最後の一人が原田さんで、結果、最高の記録を叩き出して日本勢優勝!
本当に感動しました。
これが、長野オリンピックに思い入れがある理由です。
これが切っ掛けで今もずっとスキージャンプは好きな競技で、冬になると様々な記録会や試合を見てたりするのですが、この長野五輪での優勝以降スキー板の長さ規定が厳しくなり、国際試合において記録からはどんどん遠ざかって行きました。。。
とっても残念ですが(低身長の選手に対して不利な規定になってしまったことが)、ま、それもこれも肌の白い人たちが日本人の努力の賜物を羨んでるんだとでも思って納得するしかないでしょうかねwww
それにしても、最後まで諦めず腐らず努力に努力を重ねて五輪などの試合へ臨まれる選手の方々には敬服いたします。
今年のロンドンオリンピック、そして2014年のソチオリンピックも、今までの努力の結晶を全力で出し切れるよう応援したいですね^^
JUGEMテーマ:今日のおしゃべり
一番記憶にある思い出深いオリンピックは、何といっても長野オリンピック!
1998年くらいでしたっけ?ちょいと曖昧ですが……
これは、わたしが初めてオリンピックというものの存在を認識した瞬間でもあります。
そのためかなり思い入れがあります。
当時小学生低学年だったわたしはオリンピックというイベントをちゃんと見る初めての機会でした。勿論テレビ越しで、ですが。
日本の選手と他国の選手が、とってもたくさんの選手たちが様々な競技種目で戦っている。
とても印象深くわたしの記憶に残りました。
幼いころから何かに熱中したとしてもすぐに冷めることが多く、言われるがままに長続きはするんだけれども心が付いてこない子どもでした。
そんなわたしに感動という強烈なスパイスを与えてくれた、それが長野オリンピックです。
しかも、ご存知の通りこの長野オリンピックには、日本人にとって忘れられない競技種目があります。
スキージャンプ。
この競技は本当に多くの人の心を打った事だろうと思います。
当時そういった感性をほとんど持っていなかったわたしでさえ感動したのですから。
特に、長野オリンピック・スキージャンプ団体戦での優勝。
今でもたまに思い出す、またとない名勝負でした。
長野オリンピックの前のオリンピックでも良いところまでつけていた日本勢でしたが、その時結果的に足を引っ張ってしまった原田雅彦さんの長野五輪でのリベンジに感動しました。
団体戦は1チーム4人で、一人二回飛び、その飛距離を得点化した上で合計得点を競うもの。
結果として団体戦で優勝したものの、長野でもその前のオリンピックでも原田さんが試合の鍵でした。
とても優秀で記録も残している原田さんですが、プレッシャーで記録の落差が激しい彼は多くの嫌がらせ(電話など)にもあったそうです。
念願の優勝を目前にした長野五輪でも、危うく一本目でかなり足を引っ張っておられました。記憶が曖昧で飛距離まで思い出せないのですが、上位チームでは誰も(悪い意味で)飛べないほど低記録でした。80mなかったんじゃないかな…?
小3のわたしも「あー!」という感じでした。どちらかというと、原田さんに対する失望というよりは、また彼が叩かれてしまう!可哀想だ!という同情の念が強かったですが。
アナウンサーの方も「またか!またなのか!原田ー!」という叫びを上げていました。(こういうアナウンスを聞く度に思うのですが、たくさんの努力をされてこられた選手の方に対して本当に失礼ですよね…仕方ないのでしょうけれど)
その時のプレッシャーは飛ぶ前よりも凄まじかったことだろうと思います。
でもその彼が二本目で驚異の記録を叩き出してくれました。確か日本チームの内のもう一人もそのときの原田さんと同じ距離を飛んでおられたのですが、それは長野五輪の同競技において最高の記録だったと記憶しています。
お二方とも本当に凄いです。
日本チームの最後の一人が原田さんで、結果、最高の記録を叩き出して日本勢優勝!
本当に感動しました。
これが、長野オリンピックに思い入れがある理由です。
これが切っ掛けで今もずっとスキージャンプは好きな競技で、冬になると様々な記録会や試合を見てたりするのですが、この長野五輪での優勝以降スキー板の長さ規定が厳しくなり、国際試合において記録からはどんどん遠ざかって行きました。。。
とっても残念ですが(低身長の選手に対して不利な規定になってしまったことが)、ま、それもこれも肌の白い人たちが日本人の努力の賜物を羨んでるんだとでも思って納得するしかないでしょうかねwww
それにしても、最後まで諦めず腐らず努力に努力を重ねて五輪などの試合へ臨まれる選手の方々には敬服いたします。
今年のロンドンオリンピック、そして2014年のソチオリンピックも、今までの努力の結晶を全力で出し切れるよう応援したいですね^^
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